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東京地方裁判所 平成10年(ワ)17139号 判決

《住所略》

原告

株式会社女性時報社

右代表者代表取締役

甲野太郎

東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地

被告

株式会社日立製作所

右代表者代表取締役

金井務

右訴訟代理人弁護士

小原健

朝比奈秀一

主文

一  被告は、原告に対し、84万円及びうち80万円に対する平成10年3月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、104万円及びうち80万円に対する平成10年3月1日から、うち20万円に対する同年8月6日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、被告との間で、原告の発行する新聞に被告の広告を掲載する契約を締結し、原告が右契約に従って広告を掲載したにもかかわらず、広告掲載料を支払わないとして、被告に対し、右契約に基づく広告掲載料80万円、消費税4万円及び遅延損害金の支払を求めるとともに、右広告掲載料等の不払が不法行為を構成するというべきところ、原告は弁護士に本訴の提起、追行を委任したが、これに要する20万円が右不法行為により生じた損害であるとして、被告に対し、不法行為に基づき、弁護士費用相当額20万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、昭和62年8月8日に設立された新聞及び書籍の編集発行を業とする株式会社であり、「女性時報」と題する新聞(以下「女性時報」という。)を、毎月15日付及び25日付で発行し、さらに年2回の特集号を発行している。(争いがない。)

2  被告は、電気機械器具の製造販売を主たる業とする株式会社である。(争いがない。)

3  原告と被告は、平成9年2月6日、左記のとおり女性時報に被告の広告(以下「本件広告」という。)を掲載する契約を締結した(以下「本件契約」という。)。(争いがない。なお、甲一)

掲載日       平成10年1月 1回

スペース      天地16.8センチ 左右37.2センチ

広告掲載料     80万円(消費税別途)

広告掲載料支払日  平成10年2月末日

4  原告は、本件契約に従って、平成10年1月25日付女性時報第403号に、本件広告を掲載した。(争いがない。なお、甲二)

5  被告は、原告に対して、本件契約に基づく広告掲載料80万円及び消費税4万円の支払を支払期日にしなかったため、原告は、被告に対し、平成10年6月22日到着の内容証明郵便で、右広告掲載料の支払を催告するとともに、支払のない場合には違法な嫌がらせとして弁護士費用を損害賠償請求する旨の通知をした。しかし、被告は右広告掲載料等の支払をしなかった。(争いがない。なお、甲三の一、二)

三  争点

1  本件契約は公序良俗に違反するか。

2  本件契約に基づく広告掲載料等の請求は権利の濫用に当たるか。

3  被告の広告掲載料等の不払は不法行為を構成するか。

四  争点1に関する当事者の主張の要旨

1  被告の主張

本件契約は、以下に述べる理由から、公序良俗に違反し、無効である。

(一) 原告及び原告代表者ら

原告は、新聞等の発行を目的とする会社とされているが、表裏2頁組みの体裁の女性時報を発行するほか営業実態は不明である。

原告代表者の甲野太郎(以下「太郎」という。)は、かつてはいわゆる総会屋グループに所属し、総会屋活動を行った形跡がある。

甲野花子(以下「花子」という。)は、太郎の妻であるが、原告の取締役であり、編集長と称し、被告との定期購読の交渉の際太郎と同行するなどし、執拗かつ強引な要求をしていた。

(二) 本件契約締結に至る経緯

(1) 購読契約締結に至る経緯

花子らは、昭和61年から昭和62年にかけて、被告の総務部担当者に取材を名目として面会し、女性時報の定期購読を求めた。

A(以下「A」という。)は、昭和62年4月、被告の総務部長に就任したが、前任者のBから、原告による購読要求の件を責任者として引き継いだ際、太郎及び花子の被告に対する右要求が執拗であり、最終的には購読することもやむを得ないとの申し送りを受けた。

花子らは、Aに対し、3か月に1回くらいの間隔で女性時報の購読を要求したが、その面会時間は1回につき2時間を要するほどであった。Aは、外部者と面会する場合、30分から1時間程度であることが通常であり、花子らに長時間対応することにより、その本来の業務に支障を生じた。しかも、花子らは、アポイントメントをとっては被告担当者の上司に順次面会を求める手法をとるほか、皇室外交等という極めて慎重な対応を要するテーマについてインタビューするという大義名分のもとに接触を求め、原告との接触を拒絶し得ない手法をとっていた。

また、太郎らのインタビューは、テーマ自体が企業活動と関係がほとんどない皇室外交、倫理、世界観といったものであり、自説を一方的に唱えて同意を求めるというものであって、インタビューとはいえないものであった。加えて、太郎らの右自説は、論理的に理解し難く、対応に苦慮するものであった。

さらに、女性時報の紙面には、官公庁の次官クラスや大企業の社長等、幹部の人物に対するインタビュー記事が掲載されていたことから、Aは、原告が官公庁の有力者に人脈を有し、花子らの購読要求を断り続けると、右有力者が被告に対し、不利益な扱いをする等、何らかの不都合な事態が生じるのではないかという不安を抱き、女性時報を購読することとした。

その結果、被告は、原告との間で、昭和63年2月19日、女性時報の購読契約を締結するに至った。

(2) 広告掲載契約締結に至る経緯

右購読開始後、花子らは、被告に対し、女性時報に広告を掲載するよう要求し始め、定期購読の要求の際と同様に、Aを執拗に訪問し、右要求を繰り返した。

Aは、女性時報の広告掲載料が1回80万円と法外に高額であること、女性時報に被告の広告を掲載してもその効果が期待できないこと、女性時報の内容が後記のとおり無意味、無価値であり、かえって被告の広告が掲載されることによるイメージダウンを危惧したことから、広告掲載には消極的であった。

しかし、Aは、花子らの広告掲載要求が執拗に続けられ、本来の業務に支障が生じかねなかった上、購読契約締結の際と同様に、広告掲載の拒否により、被告に何らかの不都合が生じることを危惧したほか、花子らがこれと並行して、被告社長に対するインタビューを執拗に求めていたことから、インタビュー記事の掲載がもたらす被告のイメージダウンを回避し、右インタビューの要求をやり過ごすためにも、広告掲載契約を締結せざるを得ないと考えるに至り、女性時報に被告の広告を掲載することを決定した。Aらは、総務担当者として、トラブルが生ずること自体を失点とみなし、正邪の判断に進みがたい風土が我が国にあることにかんがみ、購読料等の支払を惜しむよりは、不当ではあるにしても原告の要求に従い、生じうるトラブルの回避を図ったものである。

なお、原告は、官公庁や大企業の幹部のインタビュー記事を女性時報に掲載し、暗に原告の有する人脈を誇示していたが、右は、被告が企業として官に弱く、横並び意識の強いことを熟知して行ったものである。

その結果、被告は原告との間で、平成元年11月21日、女性時報に被告の広告を掲載する最初の契約を締結した。本件契約は、右契約の延長上のものである。

(三) 本件契約の実体

本件契約の実体は、花子らの執拗な面会及びインタビューの要求により生じる業務上の支障と原告の背後にある得体のしれない人脈から被るかもしれない不利益を防止すること、換言すれば、原告および原告の関係者から様々な嫌がらせをされることにより生じるべき損害を未然に免れる代償として金銭を供与する契約にほかならず、広告掲載契約という形式は実体を覆い隠す仮装にすぎないことは、以下の諸点から明らかである。

(1) 対価の著しい不相当性、暴利性

女性時報の広告掲載料金は1回80万円であり、他の広告媒体と比較して法外に高額である。すなわち、被告本社宣伝部において取引のある主な業界紙44紙の新聞1部当たりの広告料金は、平均2.9円である。このうち、発行部数が5万部以上10万部以下と比較的少ない12紙では、1部当たりの平均額は3.4円であり、広告料金が50万円以上100万円以下と比較的高い6紙の場合は、1部当たりの平均額は1.8円である。これに対し、女性時報の発行部数は、6万3000部であり、昭和61年当時は8万部であって、その広告料金は1部当たり10円ないし12.7円となり、他の業界紙と比べてはなはだしく高額である。なお、女性時報を購読した会社は85社であるところ、同紙を実際に閲読する者は、右約85社の総務担当者約85名に限られることとなり、1部当たりの広告料金は実質的には80万円を85で除した9400円余りとなり、前記業界紙等に比し、数千倍も割高であって、極端な暴利をむさぼるものであり、通常の広告掲載料ということができないことは明らかである。

なお、被告は、広告掲載自体を目的としなかったからこそ、あえてこのような法外な広告料金を支払っていたものである。

(2) 広告効果および配布先についての無関心

原告は、本件契約締結に際して、広告掲載紙の配布先、配布部数、読者層等、広告の効果に関わる事項についての説明をしたことはなく、被告もその説明を求めなかった。

このことは、一般に、広告掲載契約を締結する場合、当事者がその配布先、配布部数、読者層等に関心を抱き、広告掲載業者側が具体的な資料を提示して積極的にアピールし、広告掲載依頼者側も、そうした情報をもとに他の業者と比較するなどし、費用対効果を十分に検討した上で広告掲載契約を締結することが通常であることからすると、極めて異例な事態である。なお、原告は、日本全国に販売所があるとするが、その実体は不明であり、真実販売所が存するかは疑わしい。

(3) 内容の無意味、無価値

女性時報の記事内容は、以下のとおり、全く無意味、無価値なものであり、何人であれ、同紙に広告効果を見込んであえて広告掲載を申し込むことなど考えられない。すなわち、第一に、女性時報の記事には、その意味や趣旨が不明であったり、常人が理解できないものが随所に散見される。例えば、毎号のように女性時報の一面の題字の下には、黒地白抜きで「関ヶ原の合戦が何故、起きたのか」という文言が脈絡もなく大書して掲載されているが、そこにはこの文言の説明もなく、また他の文章とも無関係であり、この文言の意味は不明である。また、右文言の下には、「私も賛同者、日本酵素相談役、馬渕秀夫氏」という一連の見出しが付された囲み記事が掲載され、右囲み記事には、「今の世の運命と寿命と巡り合わせの中で、何故生まれてきたのか、何故生きているのか。価値と存在と意義がある。誠実か不誠実か、己の心の中に真理が永久に残る。」等と記載されているが、右記載は、一読して意味不明の言葉が連なっているだけで、そもそも「馬渕秀夫氏」が何に「賛同」しているのかすら少しも理解できない。

第二に、女性時報には、再三にわたり、同一内容の記事が掲載されており、右再掲載にあたっては、その旨が読者に明示されることもなく、単に見出しが変えられたり、インタビューの記述の順序が入れ替えられるなどという通常のメディアでは到底考えられない杜撰な紙面づくりが行われている。

(4) 被告における女性時報の取扱い

被告は女性時報を毎号100部(年2回の特集号については各300部)ずつ購入していたが、女性時報の内容が評価に値しなかったことから、被告社内でその記事の内容が詳しく読まれることはなく、Aでさえ、見出しを読む程度にとどまり、残部は総務部で廃棄されていた。

このように、被告の社内において、女性時報に広告を掲載することに効果があるとされたことはない。かえって、意味不明の怪し気な新聞に協賛している印象を与え、逆効果であるとさえ考えられていた。

(5) 合理的取引契機の不存在

原告と被告には、前記のとおり、本件契約について、広告効果、広告料金及び記事内容等において、本件契約を締結する契機となるような合理的な事情は何もないのみならず、原告の関係者と被告の関係者には、地縁、血縁、仕事上の関係も一切なかった。

(四) 結論

右のような本件契約の基本構造は、いわゆる「海の家」事件(後記五1参照)のように、正当な取引を仮装して総会屋に利益を供与していたこととまったく同一の構造である。そして、本件契約の実体は、被告が信用や体面を重んじる企業であることに乗じ、このような被告が様々な嫌がらせをされることにより生じるべき損害を未然に免れる代償として、広告料名下に金銭を供与させることを目的とする契約である。このような契約は、公序良俗に反するものであって無効である。

2  原告の主張

本件契約は、名実共に、本件広告を原告が女性時報に掲載し、被告が原告にその対価を支払うという契約であり、公序良俗に反するものではない。

被告は、本件契約の広告料金が、不相当に高額であると主張するが、新聞には、そのテーマ、紙面の構成、取材対象及び地域、登場人物の構成等によって様々のものがあり、単に購読部数と広告料金額のみに着目して広告掲載料金を比較し対価の相当性を論じ得るものではない。また、新聞の価値や意味は、それぞれの読者が独自に決めることであって、被告が女性時報の内容を無意味、無価値と考えても、それは被告の主観的な判断にとどまり、そのことは本件契約の効力には何ら関係がない。

さらに、被告は、女性時報における記事の再掲載を指摘し杜撰な紙面づくりであると主張するが、特筆すべき内容や強調すべき内容について、記事を再掲載することは、何ら不合理ではなく、原告による女性時報の紙面づくりは杜撰なものではない。

五  争点2についての当事者の主張の要旨

1  被告の主張

原告の請求は、以下に述べるとおりの理由から、権利濫用に当たる。

第一に、本件契約の実体は、原告及び原告の背後にある関係者らから被告が様々な嫌がらせをされることにより生じるべき不利益を未然に防止する代償として、被告から原告に広告掲載契約を仮装して金銭を供与することを実体とする契約であって、その契約に基づく権利は、本来、公然と裁判制度を利用して請求することが許されるべき権利ではない。

第二に、被告は、平成9年10月以降、総会屋に対する利益供与をめぐって総務部から逮捕者が出るという未曾有の事態(いわゆる「海の家」事件)となり、通常の商取引を仮装して被告の業務に関係しない事柄に高額の金銭を支払う等の不正常又は不健全な取引を到底是認することができない状況に至り、総務部自体が解体させられ、その意味で、本件契約を成立せしめた行為基礎は一変した。

第三に、太郎及び花子は、平成9年10月25日以降、被告に関連する大々的な利益供与事件の報道により、右のような未曾有の事態が本件契約の相手方である被告総務部において発生したことを知っていた。

第四に、花子は、右のような事態の発生を知って、平成9年末ころ、被告の総務部所属のC(以下「C」という。)に対し、本件契約に基づく広告の掲載につき確認を求めたが、その際、Cは、花子に対し、一応検討中ではあるものの、広告や購読をこのまま続けていくのは大変難しい状況にあることを告げた。花子は、平成10年1月分の広告出稿を控えた時点で、被告に確認を求めてきたものであり、原告は、右の時点において、本件契約の実体や社会状況やCの電話での応対などを合わせ考え、未然に右出稿を差し控え、広告掲載を取りやめた上、事態の推移を見ることが十分可能であったにもかかわらず、本件契約にかかる契約書の存在にかこつけて、被告との間にトラブルが生じることを覚悟の上、あえて広告掲載に踏み切ったものである。

第五に、本件契約は、準委任又は請負とみるべきものであるから、少なくとも広告掲載の手続が完了するまではいつでも解除しうるものであった。

2  原告の主張

被告が、総会屋との間で、不正常又は不健全な取引をしていたことで、被告社員の中から逮捕者を出したことは事実であるが、本件契約は、そのような不正常又は不健全な取引ではなく、正当に締結された契約であり、本件契約に基づく請求が権利の濫用に当たることはない。

六  争点3についての当事者の主張の要旨

1  原告の主張

原告は、被告に対して、平成10年6月22日到達の内容証明郵便をもって、本件契約の広告掲載料の支払を催告し、支払のない場合は、違法な嫌がらせとして弁護士費用を損害賠償請求する旨の通知をしたにもかかわらず、被告はその支払をしないのであるが、これは、単なる広告掲載料の不払ではなく、原告に本来不要な訴訟手続を強いるものとして不法行為を構成するというべきである。そして、原告は、東京弁護士会法律相談センターを通じ、弁護士に訴訟を委任し、着手金として10万円を支払った。また、謝金として10万円支払うことを約した。

2  被告の主張

本件契約の広告掲載料を支払わないことは正当な理由があり、不法行為には当たらない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  前示第二の二の事実に加えて、証拠(甲九、一二(ただし、後記採用しない部分を除く)、一五の一ないし一七の九、二三の一ないし三一の一一、乙一ないし三、一六、一八、二〇、二三ないし二七、証人甲野花子(ただし、後記採用しない部分を除く)、証人A)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)(1) 原告は、太郎及び花子の両名を含めて常勤する者は5名であり、繁忙時にはアルバイトを雇って新聞の発行等の業務を行っている。

(2) 太郎は、部落解放運動に関わった経歴を有し、「人権新報」なる新聞を発行していた時期もある。また、太郎は、いわゆる総会屋の氏名を載せたという企業の総務担当者向けの「担当者必携」と題する書籍にその氏名及び略歴等が記載されている。(もっとも、本件全証拠を検討しても、被告との関係において、同人が被告の株主総会に出席する等していわゆる総会屋としての活動をしていた事実は認められない。)なお、被告の関係者と原告の関係者との間に、地縁や血縁などの関係はない。

(3) 女性時報は、昭和58年に発刊されたものである。同紙は、国際化に伴う国際協力をテーマとしており、その内容は、官公庁関係者、企業経営者等のインタビュー記事を中心とし、折々の時事的な事象を記事として掲載している。紙面は、A2版の大きさであり、通常は表裏2頁の体裁をとる。

(4) 原告は、昭和63年、担当者が取材のため報道ビザを取得して渡米し、国際連合日本政府代表部公使にインタビューをして、女性時報に記事を掲載したことがある。また、原告は、平成11年9月3日に金鍾泌大韓民国国務総理の主催で迎賓館で開かれたお茶会に原告代表者である太郎が招待されたことがあり、同年11月12日には、皇居前広場で行われた「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」の取材を行う等をしたこともある。

(二)(1) 女性時報の近時の発行部数は6万7000部であるが、原告は、毎号の女性時報の印刷におおむね35万円から38万円を支出し、例えば、平成11年6月15日付女性時報第439号の印刷費用は37万3695円であった。

(2) 女性時報の配布先の一部は被告のような企業であり、そのほかに、海外へ送付しており、原告は、その海外への郵送費用として、1月に約6万6000円から6万7000円を支出している。

(3) 女性時報の一面題字の下には、近時は毎号のように、黒字白抜きで「関ヶ原の合戦が何故、起きたのか」という文言が掲載され、その下部には、「私も賛同者」との記載とともに賛同者の氏名、肩書(大企業の幹部が多く見られる)及び賛同者の顔写真が掲載された囲み記事を載せ、その囲みの中には「今の世の運命と寿命と巡り合わせの中で、何故生まれてきたのか、何故生きているのか……価値の存在と意義がある。誠実か、不誠実か、己の心の中に真理が永久に残る。」という記載があることが多いが、これらの文章の意味、趣旨について、女性時報の紙面上には、説明はない。

(4) 女性時報では、一度掲載されたインタビュー記事が、ほぼ同内容ないし一部を抜粋するような形で再掲載されることが見られ、平成9年分の女性時報では、そのような再掲載が全部で25回行われている。

(三)(1) 花子は、昭和61年8月ころ、当時の被告総務部長Bを訪問し、その後も数回同人に面会して、女性時報の定期購読方を交渉した。

Aは、昭和62年4月、被告総務部長に就任し、前任者のBから原告の件につき引継を受けた。その際、右Bは、花子らは大変執拗であり、なかなか購読要求を断りきれないので、最終的には女性時報の購読もやむを得ない旨の話をAにした。

花子らは、昭和62年以降、3か月に1回くらいの割合でAに面会を求め、女性時報の購読等を求めた。花子らとAの面会時間は約2時間に及んだ。Aは、女性時報の紙面に、官公庁の次官クラスの人物や他社の社長等のインタビューが掲載されていたことから、原告がこれらの有力者に人脈を有するかもしれないと感じ、女性時報購読の要求を断り続けると、何らかの不都合が生じるのではないかという漠然とした不安を感じた。そこで、Aは、女性時報の記事の内容が、被告に役立つとは考えていなかったが、女性時報の購読を決め、原告と被告は、昭和63年2月19日、女性時報の購読契約を締結した。

(2) 被告は、女性時報を毎号100部(年2回の特集号については各300部)ずつ購入していたが、Aは、見出しを読むくらいで記事の内容を詳しく読むことはなく、そのほとんどを廃棄していた。なお、女性時報の海外送付先の一つであったロサンゼルス市内のホテル「ロサンゼルス マリオット ダウンタウン」では、女性時報が送付されても、すぐに廃棄していた。

(3) その後、Aは、平成元年6月に、総務部長から社長室長となったが、花子らのAに対する訪問は続き、女性時報に被告の広告を掲載することを求めた。

Aは、女性時報の記事を全く評価に値しないものであると考えており、1回の広告料80万円も非常に高額であって、経済的合理性からも契約をすべきでないと考えていた。なお、被告の本社宣伝部において取引のある主な業界紙44紙の新聞1部当たりの広告料金は、平均2.9円である。このうち、発行部数が5万部以上10万部以下と比較的少ない12紙では、1部当たりの平均額は3.4円であり、広告料金が50万円以上100万円以下と比較的高い6紙の場合は、1部当たりの平均額は1.8円であった。

一方、Aは、女性時報の購読契約を締結したときと同様、花子らの面会が続くことに辟易し、かつ、原告が有するかもしれない人脈に対する漠然としたおそれを感じていた。加えて、当時、花子らは、Aに対して、被告の社長又は会長に対するインタビューを要求していた。Aは、被告の社長又は会長のインタビューが女性時報に掲載され、被告が原告を後援しているかのような印象を対外的に与えることは避けたいと考えた。そして、原告と広告掲載契約を締結することで、とりあえず、花子らの被告社長又は会長へのインタビューの要求を回避し得るのではないかと考えた。

そこで、Aは、被告の広告を女性時報に掲載することを決め、原告と被告は、平成元年11月21日、女性時報に被告の広告を掲載する契約を締結した。

もっとも、花子らが、Aに対し、被告の社長又は会長へのインタビューを求める際、被告が原告と広告掲載契約を締結すれば右インタビューの要求をとりやめる旨を示唆するような言動をしたことはなく、また、同人らがAに対し、女性時報購読の契約及び広告を掲載する契約の締結を求めた際、原告の有する人脈を誇示した上でこれらの契約を締結しなければ被告に不利益が生じる旨を示唆したことはない。また、原告又はその関係者によって、本件契約締結に関連して、被告担当者が危惧したような事柄が起こったこともなかった。

(3) その後、平成5年までは、Aが被告を代表して、原告との間で、女性時報に被告の広告を掲載する契約を締結し、平成6年以降は、当時の被告総務部長であったDが被告を代表して、同様に広告を掲載する契約を締結し、その後、本件契約を締結するに至った。被告の担当者においては、本件契約は、平成元年11月21日最初に広告掲載契約をした際の延長上のものと認識されていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲一二の記載部分及び証人甲野花子の供述部分は反対趣旨の証人Aの供述に照らして採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、以上の事実を前提として、争点1について検討することとする。

2(一)  原告は、本件契約の実体は、花子らの執拗な面会及びインタビューの要求により生じる業務上の支障及び広告掲載要求を拒絶することにより被告が被るかもしれない不利益を防止するために、被告が原告に金銭を供与する契約にほかならないと主張し、なるほど、前記認定事実によれば、太郎は前記1(一)(2)に判示したような人物と思われていたこと、花子らの面会要求等が執拗であったこと、被告担当者が、右のような動機の下に本件契約を締結したことは、いずれも認めることはできる。

しかしながら、それは、被告担当者の本件契約締結に当たっての主観的な受け止め方の問題に止まるものと評価せざるを得ない。なぜなら、前記認定のとおり、本件契約締結に至る過程において、花子らが、原告の有する人脈を誇示した上で広告掲載契約を締結しなければ被告に不利益が及ぶことを示唆したことはなく、被告社長又は会長へのインタビューの要求を中止することと引き替えに右契約の締結を要求したこともなかったからである。すなわち、花子らが威迫的言辞を弄したり、暴力的言動をした形跡はないのであって、被告担当者は、原告に対し、いわば、見えない影におびえて、疑心を募らせ、広告掲載契約を締結し、その延長上のものである本件契約締結に至ったものとみるほかないのである。

もっとも、花子らの広告掲載の要求等が執拗であったことについては、広告掲載の勧誘それ自体が、いわゆる押売と同様に、違法とされる場合がないわけではないが、本件の右広告掲載の要求等は、例えば、総会屋が株主総会での行動を控える見返りとして利益の提供を要求することに匹敵するほどに強い反社会的、反倫理的なものと評価しうるものとまでいうことはできない。むしろ被告としては、花子らの右要求を拒絶して然るべきところ、他社と横並びという意識及び事を荒立てたくないという意識から、本件契約を締結するに至ったものと評せざるを得ないのである(このことは、被告担当者を非難しているのではなく、本件契約締結に至る過程に、公序良俗に反すると評価されるに足りる反社会性、反倫理性があったかどうかに関連して言及しているものであることを付言しておく。)。

(二)  前記認定事実によれば、本件広告掲載料が他の業界紙のそれに比して高額であったことが認められるが、同時に、女性時報の製作には毎号当たり35万円前後の印刷費用を要していることが認められ、その他、取材、編集にも人件費等の費用を要するほか、その配布にも相応の送料を要することが明らかである。そうすると、女性時報の発行部数、市場性の乏しさ、他の業界紙等との企業規模の違いなどをも考慮すると、本件契約の広告掲載料が80万円であることの一事をもって、これを法外に高額であるとまではいうことはできない。

(三)  前記認定事実によれば、女性時報の記事は、インタビュー記事を中心とした体裁となっているものの、その内容及び表現において客観性に乏しいものもみられること、過去に掲載した記事を再掲載することもあることが認められ、これによれば、被告にとっては、情報・広告媒体としては魅力に乏しいものであり、必ずしも、進んで広告を掲載したいものとはいえないことが推認される。なお、被告は、女性時報に広告を掲載することで、被告のイメージが悪くなると考えていたと主張し、これに沿う証人Aの証言部分があるが、交渉途中で、担当者が、そのように考えたことは別として、最終的には、女性時報への広告掲載は、「有害ではないが無益」という認識であったものと推認するのが相当であろう。

しかしながら、前記認定事実によれば、女性時報は国際化に伴う国際協力をテーマとするものであり、一定の方針の下に取材活動を行い、対外的には報道関係者として処遇されていることもまた認められるところである。このことに加えて、新聞等のジャーナリズムの価値は、評価する側の立場いかんによって相対的なものであるといえるし、女性時報には、一流会社のトップのインタビュー記事等が掲載され、それなりの意味があると捉えることもできないわけでもないことを考慮すると、本件契約を締結する際、原告担当者及び被告担当者間で女性時報に広告を掲載することによる効果を問題とせず、女性時報の内容が前示のとおり、企業活動にとって、意味がなく、価値が乏しいものであり、被告において女性時報が読まれないまま廃棄されたこと等の事情があったとしても、被告にとってそのような価値のない新聞を購読等したことに関して経営上問題とされることは別として、本件契約の内容又はその締結自体が直ちに公序良俗に反するほどの反社会的、反倫理的なものになるということはできない。

3  以上によれば、結局、本件契約は公序良俗に反するとまではいえない。

二  争点2について

1  前示第二の二の事実に加えて、証拠(甲一二(ただし、後記採用しない部分を除く)、三二、乙四ないし一二、一七、一九、二八、証人甲野花子(ただし、後記採用しない部分を除く)、証人E、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告を含む大手企業数社は、総会屋グループ代表に対し、「海の家」使用料名下に送金し利益を供与してきたが、平成9年10月、右事実が全国紙で一斉に報道されたことから、被告総務部関係者は、同月26日以降、警視庁の事情聴取を受けるようになり、同年11月25日、被告のF前総務部長代理が逮捕され、同年12月9日、起訴されるとともに、これらの事実は全国紙によって広く報道され、被告の総会屋グループに対する姿勢が社会的に非難されるに至った。そのため、被告は、同年11月6日、総会屋等の反社会的勢力と決別する方針を打ち出し、特別審理室を設けて、寄付金、賛助金、刊行物等の購読、広告掲載等を再検討し、社会正義に反する取引を廃止することとし、同月21日付けで社長直属の業務改革本部を新設し、同本部に特別審理室を設置した。そして、被告は、社会正義に反する取引の廃止に向けて活動することになり、このような被告の方針は社外にも公表された。

また、右特別審理室及び業務改革本部のもとに、社外の法律専門家を中心とした審理委員会が設置された。右審理委員会は、警察出身者1名、通産省出身者1名、社外弁護士4名の総勢6名で構成された。この審理委員会は、同年12月25日、本来の会社業務に必要のない情報誌の購読や広告の掲載などをすべて打ち切る旨決定し、被告は、右決定に従い、平成10年1月6日付けで、一斉に、いわゆる絶縁状を800通余り発送した。

その際、被告は、原告に対しても、右の絶縁状を発送したが、その絶縁状は、宛先が誤っていたことから、返送された。その後、被告は原告に対して、絶縁状を再度発送し、右絶縁状は、同月23日、原告に到達した。

(二) 花子は、被告に対し、平成9年末、本件契約に関し、広告版下について確認する電話をした。当時、被告は既に右特別審理室を設置していたが、会社の基本方針をいまだ確定していなかったため、右確認の電話に応対したCは、花子に対し、今後、女性時報の購読や広告掲載を続けていくことは大変難しい状況である旨を告げた。これに対し、花子は、本件契約について契約書を作成していることを強調し、契約どおりの広告掲載をCに求めたが、Cは、会社の基本方針がまだ確定していなかったことから、確定的に広告掲載を拒絶することはせず、検討中である旨を告げるに止まった。

(三) 花子は、平成10年1月19日、被告社長室長のE(以下「E」という。)に面会し、広告料金の請求書をどこに送付すべきかを尋ねた。Eは、原告に対する絶縁状が原告に届かず返送されていたことを知らなかったため、原告に絶縁状が届いているにもかかわらず広告料金を請求してきたものと思い込み、強い警戒心をもった。そこで、Eは、原告の動きを見極めたいと考えるとともに、広告掲載を断るにしてもどのような断り方をするか、すなわち、過去分は支払い今後の取引を断絶するという対応にするのか、今後の取引だけでなく過去分についても支払を拒絶するという対応にするのかをもう少し慎重に見極めたいと考えた。そこでEは、花子に対し、とりあえずG総務部長と相談するよう返答し、この面会の際にも、原告に対して広告掲載を拒絶する旨は伝えなかった。

(四) 被告は、平成10年1月23日、原告に対し、前記絶縁状を送付し、これにより確定的に広告掲載を拒絶することが告知された。しかし、右時点では、原告は本件広告を掲載した平成10年1月25日付女性時報を既に印刷し、あるいは少なくとも印刷中であった。

(五) 被告は、同年1月から2月にかけて、原告への対応を検討し、審理委員会の意見や他社の動向も勘案した上、過去分についても請求を拒絶するという対応をとることとした。その後、太郎、花子、E、審理委員会の委員長である弁護士の4名で、同年4月22日に会談し、その席で、Eは、会社の方針として、原告とは今後取引をしないこと及び既に掲載された広告料金も支払わないことを伝えた。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲四の一の記載部分及び証人甲野花子の供述部分は、反対趣旨の証人C及び証人Eの供述に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、以上の事実を前提として、争点2について検討することとする。

2(一)  被告は、本件契約は、被告が原告及び原告の背後にある関係者らから様々な嫌がらせをされることにより生ずる不利益を未然に防止する代償として、被告から原告に広告掲載契約に仮装して金銭を供与することを実体とする契約であって、その契約に基づく権利は、本来、公然と裁判制度を利用して請求することが許される権利ではないと主張する。

しかしながら、本件契約が公序良俗に反するものとまではいえないことは前示のとおりであって、本件契約の実体に関する被告の前記主張は、本件契約に対する主観的な受け止め方にすぎず、右の点から、原告が、本件契約に基づき広告掲載料を請求することが許されないものということはできない。

(二)  また、被告は、平成9年10月以降、被告をめぐる状況が変化し、本件契約のような不正常又は不健全な契約の存続が許されなくなり、原告も右事情の変化を知っており、花子は、Cから広告あるいは購読契約を継続することは大変難しい状況にあることを告げられていたのであるから、原告としては、平成10年1月分の広告出稿の時点で、未然に右出稿を差し控え、広告掲載を取り止めた上、事態の推移を見るべきであった旨主張する。

たしかに、前記認定事実によれば、いわゆる「海の家」事件摘発後、被告が反社会的勢力と決別するとの方針の下に、社外弁護士等を構成員とした審理委員会を組織し、総会屋との不適切な取引の一掃を図ったことが認められ、このような対応は、不祥事発生後の企業対応として適切であり、特に社会的責任の求められる被告のような大企業として、法を遵守する企業の体制を確立しようというあるべき姿であると評価することができる。そして、右審理委員会が、本件契約を打ち切るべきものと判断したことも前に認定したとおりである。

しかしながら、本件契約は、公序良俗に反するものとまではいえず、また、原告が、本件契約上、被告をめぐる状況の変化にまで注意を払い、被告から明示的かつ確定的に拒絶の意思が伝えられないのに、本件広告掲載を差し控えるべきであるということは困難である。かえって、前記認定事実によれば、C又はEは、花子に対し、広告掲載について検討中である旨を告げるにとどまり、確定的に広告掲載を拒絶する旨を告げておらず、また、被告は、原告に対し、絶縁状を発してはいるものの、その時期が遅れ、原告が本件契約に基づき、本件広告を女性時報に掲載するためその印刷を開始した後、右絶縁状がようやく到達したことが認められるのであって、これらの事実にかんがみると、信義則上原告が本件広告掲載を差し控えるべきであったということは到底できない。また、本件契約の性質は、準委任契約であると解されるが、絶縁状が原告に到達したのが右の時期であってみれば、本件契約が解除されていたということもできない。

(三)  そうすると、原告が本件契約に基づき広告掲載債務を履行したのであるから、原告は被告に対し、広告掲載料を請求できるとするのが当然であって、その権利の行使が権利の濫用に当たるとする事情は見当たらないというほかない。

三  争点3について

原告は、内容証明郵便をもって本件契約の代金の支払を催告し、支払のない場合は違法な嫌がらせとして弁護士費用を損害賠償請求する旨の通知をしたことを主張し、それにもかかわらず支払をしないことは不法行為を構成すると主張する。

しかし、金銭債務の不履行がある場合に、債権者から債務者に対して、支払がない場合には弁護士費用を損害賠償請求する旨を通知したとの一事をもって、それ以後の不履行が不法行為になるものとはいえない。また、被告には、前記二1で認定したとおりの事情があり、本件広告代金請求を拒むに至ったことは結論的には不相当ではあるが、それなりの理由があったとみることができるから、その意味でも、不法行為を構成するとはいえない。

したがって、原告の争点3に関する前記主張は採用することができない。

四  以上によれば、原告の請求は、広告掲載料80万円、消費税4万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条但書、61条を、仮執行の宣言につき259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 足立謙三 裁判官 中野〓郎)

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